2016年06月14日

福岡高等裁判所へ控訴理由書

控訴理由書

220px-裁判所法廷の様子.jpg








平成28年(ネ)第301号
控訴人 岡本英利
被控訴人 熊本市立帯山西小学校PTA


控訴理由書


平成28年4月25日


福岡高等裁判所第5民事部 御中


控訴人訴訟代理人弁護士     屋  藤  雄
        
  同   大  原  誠  司



第1 総論(はじめに)
原判決は、結論において不当であるばかりか、控訴人にとっては不意打ちとしか言いようがない、実質的に弁論主義に反する判決である。
原判決の不当性は「被告が主張するとおり本件冊子の交付をもって入会の申込みと捉えることができるかはさておくとしても」(原判決第5、1(3))という言葉に端的に表れている。
控訴人がこの裁判で問い糺したのは、これまで、なあなあの(曖昧な)中で行われてきた被控訴人に対する入会の手続に法的な光をあてたとき、申込みと承諾と評価できる事実がちゃんと存するのか、ということである。そして、被控訴人が申込みと主張した事実が本件小冊子の配布であったため、控訴人はこの点を徹底的に争ってきた。その主要な争点について「さておく」ことをされては、たまったものではない。
しかも、原判決においては、本件小冊子の交付を契約の申込みにあたる事実と認定しないのであれば、代わりにどの事実を申込みと認定しているのか、全く不明である。このような原判決に対しては、事実認定を放棄して結論だけを述べるという、裁判所にあるまじき態度であるとの批判を加えざるをえない。
当事者の主張にきちんと耳を傾けることや、判決において要件事実を一つ一つ認定することは、裁判所の当然の職責である。この職責を放棄している原判決は破棄を免れない。

第2 各論
1 弁論主義違反
(1)被控訴人のようなPTAへの加入も一種の契約であり、契約の成立には申し込みと承諾による意思の合致が必要である。この点は、法的観点から当然のことであり、当事者間にも争いがない。
 そして、被控訴人が申込みとして主張した事実は本件小冊子の交付である。それ以外の事実が申込みに相当する事実として主張されたことは無い。
この被控訴人の主張を踏まえて、控訴人は、本件小冊子の交付が契約の申込みに該当するのかという点を主要な争点として争ったのである。
 従って、本件小冊子の交付が契約の申込みに該当し、かつ承諾に相当する事実が認められれば、控訴人は被控訴人の会員とであるということになり会費の返還請求に理由はないということになるが、本件小冊子の交付が契約の申込みに該当するといえないのであれば、控訴人は被控訴人の会員ではなく、会費の返還請求が認容されなくてはならないということになるのが当然の道理である。
 原判決は、このような当然の道理を、なぜか結論において控訴人を敗訴させるためだけのために枉げているとしか思われない。

(2)原判決でも指摘されている通り、被控訴人は学校とは別団体であって、入会するかどうかは各保護者の自由であり、入会せずに会費を納付しないことも自由なのであるが、控訴人は、子供が帯山西小学校に通う以上PTA会費を払わなくてはならないと誤信していたものである(原判決8頁2〜5行目)。
このように、PTA会費が、子供が帯山西小学校に通う以上払わなくてはならないものなのか、それとも払わなくてもいいものなのかということは極めて重要な点であり、この錯誤は要素の錯誤であることは明らかである。
控訴人は、原審において、あえて錯誤の主張をしてこなかった。これは、控訴人において、被控訴人が主張する、本件小冊子の配布が契約の申し込みになるという主張が到底成り立ちえないと考え、あえて錯誤無効を主張する必要が無いと判断したが故である。仮に、本件小冊子の配布以外の事実が契約の申込みに相当するとの主張がなされていたり、具体的にいかなる事実が申込みに該当するかを認定することなく申込みがあったという結論を導かれることがある旨示唆されたていたりすれば、控訴人は当然錯誤の主張をしていた。
この点においても、原判決は控訴人に対する不意打ち(不告不理の原則違反又は釈明件不行使)なのである。

(3)さらに、原判決においては、本件小冊子の交付を契約の申込みと認定していないにもかかわらず、どの事実が契約申込みと認定しているのか定かではない。
繰り返すが、控訴人が、一大決心をして、損得を度外視して本件訴訟を提起したのは、なあなあで(曖昧な方法で)行われてきたPTAへの加入手続に法的な光を当てるためである。これにより、将来、保護者が、気が付かないままPTAに加入したことにされてしまう事態を防止しようというのが、控訴人が本件訴訟を提起した趣旨でもある。このような本訴訟の意義を踏まえれば、せめて、裁判所には、契約の申込みと承諾と評価される事実がどこにあるのかを明らかにする責務があったというべきである。
この期待に応えようとしない原判決は、司法の存在意義を自ら貶めるものと言わざるを得ない。

(4)以上のとおり、原判決が、被控訴人が契約の申し込みとして主張した本件小冊子の交付を契約申込みに該当する事実と認定していないにもかかわらず、契約申込みがあったという結論を導いたこと、代わりに契約の申込みに該当する事実がどれであるのかを認定していないことは、弁論主義に反するものである。

2 控訴人が被控訴人の会員ではないこと
(1)入会の申し込みが無いこと
ア 被控訴人は、平成21年9月1日ころ、控訴人に対して本件小冊子を配布した行為が加入契約の申し込みであると主張している。
  そして、それ以外に契約申込みとして主張されている事実は無い。
  しかし、本件小冊子は、あくまでも被控訴人について説明したパンフレットに過ぎない。
  本件小冊子の表題も「わたしたちの帯山西PTA」であり、契約の申込みであることを示す記載はどこに  もない。
    従って、本件小冊子を配布した行為は契約の申し込みに当たらない。
イ 被控訴人は、本件小冊子の8ページや18ページ以下の記載を指摘する。
しかし、36ページもある本件小冊子のうちのわずか一部に契約申し込みらしき記載があるだけで、そこを読まなくては契約の申し込みと気づくこともできないというのでは、本件小冊子の交付は到底契約の申し込みとはいえない。
   本件小冊子のようなものは、受け取った者が中身を読むとは限らないし、中身を読んだとしても被控訴人が主張する部分に気が付くとも限らない。控訴人も、平成21年8月か9月頃に最初に本件小冊子の交付を受けた際には、中身を読んでいなかった。
ウ また、本件小冊子の8ページは【「PTA会則」の配布をもって、入会の了承をしていただくことにしております。】という、PTA会則の配布という被控訴人の一方的な行為により保護者らが入会を了承したことになるという意味不明な内容となっているばかりか、ここで述べられている「PTA会則」が、「わたしたちの帯山西PTA」という表題である本件小冊子を指すのかどうかも不明である。このような意味不明な内容では、到底契約の申し込みとはいえない。
さらに言えば、被控訴人が指摘する本件小冊子の8ページを読むためには本件小冊子を受け取らなくてはならないところ、本件小冊子の8ページを読んだ時にはすでに入会の了承をしたことになっているというのでは、あまりにも不合理である。
本件小冊子18ページ以下も、被控訴人内部における各種の規則を記載しているにすぎず、到底、本件小冊子の交付を契約の申し込みであると理解することはできない。
エ 通常の日本人の感覚では、契約の申し込みは、それを受け取った者が契約の申し込みであるとすぐにわかるように行うものである。書面の交付により契約の申し込みを行うのであれば、表題に「契約申込書」といった表題をつけるとか、申し込む契約の内容の概要を最初にわかりやすく記載するなどして、契約申し込みの意思表示であることを明らかにして行う必要がある。
しかし、本件小冊子を一目見ても、契約申し込みの書類であるとは到底理解することができない。
本件小冊子を交付することが契約の申し込みに該当するという被控訴人の主張は、通常の日本人の感覚から明らかに乖離するものである。このような本件小冊子の交付が契約の申し込みとなるというのでは、書面による意思表示は、相手に分かろうが分かるまいが、大部の書類の場合でも片隅に小さく書いてありさえすればよいということになりかねない。
また、意思表示の内容が不合理かつ不明確なものであっても、表意者が契約の意思表示だったと言い張れば意思表示として有効となるということになりかねない。
このような被控訴人の主張が許されては、日本社会に大混乱をもたらすことは必定である。
カ そもそも、被控訴人は、帯山西小学校に通う児童の保護者は被控訴人に必ず加入しなくてはならず、退会もできないと認識していた(甲第3号証)。
  つまり、被控訴人は入会の意思表示も承諾も不要と考えていたものであるから、そのような意思表示をするはずがないのである。
キ 原判決は、「本件小冊子の交付、その後の会費納入袋の交付及び納入袋を使用した会費の納入の一連の流れからすると、(中略)遅くとも原告が会費納入袋を使用して会費を納入し、被告がこれを受領した時点に置いて、原告と被告との間で入会についての黙示的な申し込みと承諾の合致があったものと認められる。」と判示する。
  しかし、この判示からは、申込みと承諾があったという結論はともかく、いったいどの事実が申込みであり、承諾であるのか一切わからない。
特に、この点は、あえて控訴人が求釈明を行い(平成27年3月23日付準備書面2、第3)、被控訴人も明確に回答し、主要な争点として争われた部分である(被告準備書面(3)、第2、1(3))。
事実を認定することなく結論を導いた原判決の不当性は明らかである。
ク 上のとおり、本件小冊子の交付が加入契約の申込みに該当する余地はない。
  また、他に加入契約の申し込みと評価できる事実は無い。

(2)承諾が無いこと
ア 被控訴人は、控訴人が被控訴人に対して最初の会費を納入したことをもって、黙示の意思表示によって加入契約が成立したと主張する。
    しかし、控訴人は、学校から納入袋が送られてくるから払わなくてはならないものと単純に誤信して支払ったものであり、黙示的にしても加入を承諾したことはない。
イ 現在の日本においては、PTAと学校の区別がついていない保護者は多数いる。しかも、保護者らに対するPTAの書類や会費納入袋の多くは学校から子供たちを通じて保護者らまで届けられ、保護者らからPTAに対する会費や提出書類も保護者らは子供たちに持たせて、学校の担任に提出させている。そのため、保護者らの多くが、学校とPTAがまったく別個の組織であるということを知らず、PTAを学校の一部のように思い込んでいるのが現状である。
    控訴人も、平成23年2月か3月頃まで、PTAと学校が別組織であることを知らなかったものである。
    そのため、学校から子供たちが持ちかえった納入袋を見て、金額が一か月あたり300円から550円と多額ではなかったこともあり、深く考えずに払わなくてはならないものと誤信して支払ったものに過ぎない。
 なお、乙第10号証の表題等に「PTA会費納入袋」等と書いてあるからと言って、控訴人が被控訴人への入会の意思表示をしたということにはならない。当時の控訴人は、PTAについて詳しく知っていたものではなく、PTAと学校の区別さえついていなかった(控訴人本人3ページ)。このように学校とPTAが全くの別組織であることを十分認識していないのは、当時の控訴人に限ったことではない。また、多くの保護者に請求される金額も多額とはいいがたいため、PTA会費とはどのようなものかを十分調査してから払うかどうかを決めていたということもないと思われる。学校から送られてくるものなので、払うべきものという程度の認識しか、控訴人は持っていなかったのである。
  従って、「PTA会費納入袋」などと納入袋に書いてあるからといって、控訴人が被控訴人に入会するつもりで会費を払っていたものではないというべきである。
  ウ 控訴人が被控訴人に対して会費を支払ったという平成21年9月頃、被控訴人は、被控訴人が入退会自由であるということを否認し、被控訴人には帯山西小学校に通う児童の保護者らが必ず加入しなくてはならず、かつ退会もできないと説明していた。
 被控訴人が、控訴人に対し、被控訴人へは入退会自由であることの説明も、控訴人の意思確認もしないまま、一方的に本件小冊子と、続けて会費の納入袋を送り付け、会費を支払わせたのがその証左である。
 さらには、被控訴人は、平成24年3月の時点においてさえ、控訴人が被控訴人を退会することまで否定していたのである(甲第3号証)。
 このように、被控訴人は、控訴人が帯山西小学校に通う児童の保護者である以上被控訴人に当然加入するものであり、申込みや承諾は不要と考えていたのであるから、申込みや承諾に相当する認識自体が考えられないのである。
エ また、先述のとおり、被控訴人から控訴人に対しては、控訴人への加入契約の申込みが無い。従って、控訴人の承諾があろうとなかろうと、被控訴人へ加入する旨の契約は成立していない。

(4)以上のとおり、被控訴人から控訴人に対する入会の申し込みは存しないし、控訴人が被控訴人に入会する旨の承諾もない。
   従って、控訴人は被控訴人の会員になったことはない。
3 錯誤無効
(1)仮に、控訴人と被控訴人の間で、被控訴人への加入についての申込みと承諾があったとしても、控訴人は、被控訴人への入退会が自由であることを知らず、子供が帯山西小学校に通う以上は入会し、会費を払わなくてはならないと誤信していたものである。
   この点を控訴人が誤信していたことは、原判決も指摘するところである(原判決8頁2行目以下)。
   控訴人に錯誤が存することは明らかである。
  そして、被控訴人に対しては子供が帯山西小学校に通う以上必ず加入して会費を払わなくてはならないものなのか、それとも加入しないという選択肢も存するものなのかという点は、極めて重要な差異であり、要素の錯誤となることは明らかである。
  さらに、本件小冊子にもPTA会則を受け取った時点で既に会員となることを承諾したことになっているという、実質的に加入を拒否することが出来ない文言が記載されていること、被控訴人も、子供を帯山西小学校に通わせている以上入会しなくてはならず、退会もできないと認識していたこと(甲第3号証)に鑑みれば、被控訴人への加入が義務的であることは当然の前提として表示されていたものである。
   従って、被控訴人への加入の意思表示は、錯誤により無効である。

(2)この点、控訴人は原審において錯誤の主張をあえて行わなかったが、これは、被控訴人の、本件小冊子の交付が加入申込みに該当するとの主張を受けてのことである。
   本件小冊子の交付以外の事実が加入申込みとして主張されることや、いかなる事実が加入申込みに該当するかの事実認定をせずに結論を導かれることがありうるとすれば、錯誤無効の主張をしていたはずのものである。

(3)そもそも、原判決においては、かかる錯誤があることを指摘していながら、錯誤無効の成否について判断を下していない。
   この点について、原審は判断を脱漏していると指摘せざるを得ない。
   少なくとも、原審において、被控訴人の法的主張を超えて、本件小冊子の交付が申込みに該当するかどうかの判断を「さておくとして」、申込みと承諾があったとの判断を下すというのであれば、その旨示唆して控訴人に対して錯誤無効の主張をするか否か釈明件すべきであり、釈明件不行使の違法が存すると言わざるを得ない。

4 控訴人が被控訴人の会員であったとした場合の結果の重大性
(1)控訴人は、原審判決を受けた現在においても、被控訴人の会員ではなかったと確信している。
控訴人が、望まない団体に強制的に加入させられたことにより、結社の自由を侵害されたとして損害賠償請求することも可能と考えられるにもかかわらず行っていないのは、これが理由である。
(2)しかし、万が一、控訴審において、控訴人が被控訴人の会員であったとの判断が下された場合には、控訴人の結社の自由が侵害されたことが明らかであるから、これを理由として損害賠償請求をせざるを得ない。
(3)被控訴人が、被控訴人への加入が強制的なものであり、退会もできないと認識し、その旨控訴人に説明していたことは、甲第3号証から明らかである。
   そして、現在、被控訴人はこれが誤りであったことを認識している。
   被控訴人は、被控訴人自身が入退会自由の団体であることを認識すべきであったことも言うまでも無いことであり、また、その旨を控訴人に説明すべきであったことも当然のことであり、被控訴人に少なくとも過失があったことは明らかである。
(4)以上に鑑みれば、仮に控訴人が被控訴人に加入させられていたとすれば、被控訴人に不法行為が成立することは明らかである。
   被控訴人におかれては、あくまで控訴人が被控訴人に加入していたとの主張を維持し、それが万一認容された場合には、さらなる重大な結果が生じることを十分にご承知おきいただきたい。

5 原審裁判官の公正及び基本的知識に関する疑問
(1)原審の裁判官においては、PTAという団体の性質について、ちゃんと理解していないとの疑念を持たざるを得ない。
原審の裁判官は、控訴人に対する補充尋問において、「でもね、あなたはPTAに入らない選択をされたわけですから、そのPTA会員が受けられる恩恵をお子さんが受けられないのは、当然じゃないですか。それ、仕方ないんじゃないですか。」という尋問を行っている(控訴人本人尋問28頁)。
このような尋問は、PTAが、PTA会員の子供だけの利益を目的とする組織ではなく、同じ学校に通う子供たちみんなのために活動しようという団体であること、もし会員の子供だけのための活動を行おうというのであれば、学校やPTAを離れて、別の組織を作って行うべきものであること、仮にPTAがPTA会員の子供たちだけのための活動を行うというのであれば、それに学校が協力することには重大な疑念が生じることなど、PTAに対する基本的な理解があれば絶対にしない尋問である。
仮に、原審裁判官のPTAに対する理解が控訴人と異なるとしても、原審裁判官の上記尋問は、控訴人とは異なるPTAに対する理解を前提とした誤導尋問であった。
(2)原判決においても、被控訴人が主張する事実を超えて申込みと承諾があったという認定を行い、控訴人に対して不意打ちを与えているばかりか、原判決からも明らかに問題となる錯誤無効について判断を加えていないという、明らかに偏った構造をとっている。
以上のとおり、原審の裁判官においては、PTAという組織への基本的な理解と公正さに著しい疑問を感じさせるものである。

第3 結語
1 以上のとおり、原審判決は弁論主義に反し、結論に置いても不当であり、破棄を免れない。
2 控訴人は、損得を度外視してこの裁判に臨んでいる。
  それは、被控訴人への反発もあるが、なによりも、事実上の強制加入が基礎となって多くの保護者が傷ついている現状を、何とかしたいということにある。
3 控訴人が求めているのは、決して難しいことでも、不当なことでもない。
  本来被控訴人らのようなPTAへの入退会は、自由である。意に反して加入させられたり、知らないうちに加入させられたりということはあってはならないという、簡単で、当たり前のことである。
つまり、控訴人が求めているのは、本当の意味で、PTAへの入退会を自由なものにしてほしいということなのである。
  そのための方策も、すでに原審準備書面6において主張した通り、PTAが任意加入の団体であり、加入しなくてもよいことを保護者らにわかりやすく説明することと、保護者からの加入申込を書面で行うようにするだけで実現できることなのである。
4 控訴人は、一私人に過ぎない。
  しかし、控訴人の背後には、PTA問題で傷ついている多くの現在の保護者や、将来の保護者が多数存する。
 そのことを十分に念頭に置いて、改めて、実際にはなあなあの(曖昧な)中で行われてきた被控訴人に対する入会手続に対し、法的な光を当てていただきたい。
                     
以上



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change.org でご支援を頂いている、あるべき姿を求め「熊本市の強制加入裁判を応援する会」の創設者は札幌市の札苗小元PTA会長 上田隆樹様です。深く感謝します。上田様は札苗小PTA会長時に入退会自由なPTAを創設されました。現在札苗中学校PTA会員として、PTAの前会長および校長に働きかけ、今年の2月の臨時総会にて中学校PTAおいても規約改定を伴う入退会自由のPTAを実現されております。小学校PTAも中学校PTAも北海道では初の入退会自由で、そのどちらにも関わり、小・中学校2つのPTAの任意加入の周知・徹底を成し遂げたおそらく全国で唯一の存在です。



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【PTAと学校問題を考える会】の会員4名と会長高橋健からのお願いです。

福岡高裁裁判費用の募金寄付について。


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みなさまよろしくお願いいたします。 
 
                           
平成28年6月13日
                         
 【PTAと学校問題を考える会】



posted by o at 02:59 | Comment(0) | PTA強制加入裁判 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする